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富山発掘最前線-平成26年度調査成果報告会-に参加して

 2015年3月21日(土)13:00からリニューアルした富山県民会館の611号室(富山市新総曲輪)にて、“富山発掘最前線-平成26年度調査成果報告会-”が開催されました。
 この報告会は富山県文化振興財団埋蔵文化財調査事務所が主催し、はじめての取り組みとなります。当日は会員はもちろん、多くの一般の参加者の参加がありました。近隣各県の関係者も多く、会場は盛況となりました。
 報告は平成26年度に発掘調査を行った4遺跡、報告書を刊行した3遺跡の一般向けのわかりやすい概要報告と、整理中である1遺跡が報告されました。
 前半の発掘調査の報告では、能越自動車道や国道のバイパスの建設に伴う発掘調査などの成果が報告されました。それぞれの報告は、出土した遺物の類例の紹介や簡潔な調査成果をわかりやすく説明されました。各スライドも図・イラストを豊富に使っており、一般向けにもわかりやすいものとなっていました。加えて、小糸・尾萩野遺跡で検出された土坑墓と考えられる遺構について、鋭い質問も出るなど、充実した内容となりました。
 休憩時間には、話題となった出土遺物をじっくり見る機会も設けられ、参加した皆さんは楽しそうに復元された縄文土器などの遺物を観察されました。特に砺波市徳万頼成(とくまんらんじょ)遺跡から出土した土偶は大人気で、特徴的な顔などを覗き込んでおられました。
 後半は、報告書が刊行された3遺跡について報告がありました。富山市平岡遺跡の報告では縄文時代の台地上に営まれた環状集落のようすや、縄文前期の最古の掘立柱建物の紹介などがありました。富山市打出遺跡の報告では、古代の道路の側溝や中世の畝状遺構の紹介や、過去の調査成果や地名から見た古代道路のルートの考察などがされました。高岡市出来田南遺跡の報告では、古代の掘立柱建物の様子や、出土した多くの墨書土器・木簡など文字資料を通して、地域の拠点的集落であることが報告されました。
 最後に富山市布尻遺跡の整理作業の様子を紹介する報告があり、埋蔵文化財の発掘調査から整理の流れを短時間で理解できるよい機会になったと思います。  今後もこのような報告会を実施されるとのことですので、皆様もご期待ください。
(杉山大晋)

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平成26年度 富山考古学会・石川考古学研究会  合同特別例会開催

 平成26年12月13日に富山考古学会・石川考古学研究会合同特別例会「日本海側の縄文貝塚を探る」を白山市立千代女の里俳句館で開催しました。
富山石川両県の他、山形県・関西方面など多数の方々の参加がありました。
 谷内尾晋司石川考古学研究会会長あいさつの後、富山・石川・福井各県を代表する貝塚の紹介、貝塚から出土した人骨や動物遺存体から縄文人を探りました。


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谷内尾晋司 石川考古学研究会会長開会あいさつ

 富山県は、町田賢一氏による
「小竹貝塚の考古学的成果」です。小竹貝塚は古放生津潟東岸に位置し、貝塚の時期は縄文時代前期前葉~末葉にかけてで、最盛期は前期後葉です。貝層の最大厚は約2mでヤマトシジミを主体とします。この貝層からは最小個体数91体の人骨が確認されました。これらは埋葬されたと推測され、抱石葬を含む屈葬、伸展葬、乳児骨を収めた土器棺があります。
 町田氏は、太平洋側では貝層が表層に現われるが、日本海側は貝層が埋もれており表層からは確認しにくく、またおおよそ等間隔に貝塚が存在することから、現在貝塚が確認できていない場所でも貝塚が存在する可能性を提言しました。
 本年3月に北陸新幹線建設に伴う発掘調査の報告書が(公財)富山県文化振興財団から刊行されました。報告書は富山大学図書館が運営する富山県遺跡リポジトリにPDF形式で公開しています。


 石川県は、山川史子氏による「三引貝塚の調査成果」です。三引貝塚は、七尾市(旧田鶴浜町)に所在し、七尾西湾に近接します。貝塚の時期は、縄文時代早期末~前期初頭です。5箇所の貝層が確認され、ハイガイ、サルボウ、ヤマトシジミを主体とします。動物遺存体は、特にシカの割合が多く確認されています。また、ガン族やツル科などの冬期に渡ってくる鳥を含む、魚類、貝類から年間を通して定住していた可能性を指摘されました。

 福井県は、
小島秀彰氏による「北陸の貝塚から見た縄文時代―鳥浜貝塚を中心に―」 です。鳥浜貝塚は、三方湖の南側で鰣川(はすがわ)と高瀬川の合流地点に位置します。遺跡の時期は縄文時代草創期~前期を主体で、貝塚は前期にのみ形成されます。貝層は、マツカサガイ、ヤマトシジミ、ヌマガイを主体とします。
 近年の成果として、自然木とされていたものがウルシノキと同定され、放射性炭素年代測定の校正年代では12,600年前で日本最古の漆製品である北海道垣ノ島B遺跡例より3,600年も遡ること、また三方五湖の1つである水月湖底からは過去7万年分の年縞堆積物から更新世から完新世にかけての花粉分析等から古気候の復元について紹介されました。

2014121302  町田賢一氏2014121303
 山川史子氏 2014121304  小島秀彰氏

 特論として、富山からは溝口優司氏による「小竹貝塚の人骨からわかること」、石川からは平口哲夫氏による「北陸の縄文時代遺跡出土動物遺体が示すもの」が発表されました。

 溝口優司氏は小竹貝塚出土人骨の分析で、富山市教育委員会発掘調査人骨を含め6体の頭蓋骨が接合でき、そのうち女性である小竹貝塚1号人骨は、東北地方縄文時代中・後・晩期人女性集団に類似し、この東北地方の縄文人は北海道北黄金K13標本と類似しているとされた。こうした分析等から、東南アジアから中国大陸、北海道を経て北陸に至る北方系縄文人の移動の可能性を指摘しました。また、氷見市泊洞穴の人骨が更新世に遡る可能性や溝口氏の人類学的研究の端緒が富山考古学会創設に尽力された林夫門氏と氷見市朝日貝塚と小竹貝塚の人骨分析からである事を紹介されました。

 平口哲夫氏は、貝塚周辺の地形分類と貝塚から出土する貝や動物遺存体との関連性が認められること、真脇遺跡のイルカ漁や桜町遺跡のサケ・マス漁が江戸時代の文献資料から民族考古学的に参考となることを紹介されました。また、真脇遺跡のイルカに関して、同一個体をなすものが極めて少ないことから解体場所と利用場所が違う可能性を指摘されました。

 また、横幕真氏による「大谷山貝塚の再検討-貝・骨類を中心に-」が紙上発表および口頭発表で紹介されました。
 これまで小松柴山潟周辺の貝塚は学史的にも埋もれて所在がわからなかった資料を掘り起こされ、小竹貝塚研究者の協力を得て今日的な分析を始められた意義は大きく、数少ない日本海側の貝塚の解明に積極的取り組まれている氏の姿勢は見習うべきと感じました。

 閉会にあたり、西井龍儀富山考古学会会長があいさつしました。
今回発表の溝口氏を引き合いに出され、貝塚研究が考古学だけでなく、関連した諸科学と連携してもなおまだ解明すべき点が多いことから、今回のような合同での情報交流をますます発展させる必要を強調されました。

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 溝口優司氏 2014121306  平口哲夫氏2014121307 横幕真氏 2014121308
西井龍儀富山考古学会会長閉会あいさつ

 発表終了後、懇親会を実施し、来年富山での開催を確認し閉会しました。

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(岡田一広)

富山城下町の現地見学会(2014.2.11)

 平成26年2月11日に富山城下町の現地見学会が開催されました。場所は国道41号一番町交差点の北西角で、約400人の見学者がありました。

 今回の調査では石組みの水路や井戸・土坑が検出されました。万治年間(1658~1661)頃の古絵図では、武家屋敷と町屋敷を区切る背割水路が記載されており、この石組み水路はこの背割水路であると推定されています。
 背割水路は3期に時期区分されており、Ⅰ期は江戸時代後期にあたり幅約1.8m、深さ約0.6~0.7mで平らな川原石を水平に積む特徴があります。Ⅱ期は明治~大正頃で幅約1.3~1.4mで最下段のみの検出なので深さは不明です。Ⅲ期は昭和(戦前~戦後)で幅約1.0m、深さ約0.8mで川原石を斜めに積み水路の底面にも石を敷く特徴があります。
 調査地区の東側にある大和百貨店の事前調査などでも河原石組みの背割水路が確認されています。  

 『万治年間富山旧市街図』は富山県立図書館の「古絵図・貴重書ギャラリー>【江戸時代の富山】●目で見る越中●古絵図>地域図・婦負郡図、婦・射境界・富山城下町」と順に選択しますと閲覧できます。

 町屋敷側で木組み井戸や井戸を廃棄する際に井戸側を抜き取ったと推定できる土坑群が検出され、陶磁器類のほか、下駄や漆器などの木製品が出土しています。

〔参考文献〕
 富山市教育委員会埋蔵文化財センター 2014.2 『富山城下町の調査 現地見学会』

20140211富山城下町3 説明会の風景
20140211富山城下町1 背割水路(画面左が北・富山城方向)
20140211富山城下町2 町屋域の井戸・土坑群

(岡田一広)

「前田の城、佐々の城を探る」に参加して

 平成25年11月16日(土)に石川考古学研究会・富山考古学会合同例会として「前田の城、佐々の城を探る」が開催されました。報道機関には38年ぶりとの記載がありましたが、詳細に調べるとそれでも30年ぶりということで、両県から70名余の参加者がありました。
 例会は、午前に松根城・一乗寺城の山城見学会、午後におやべクロスランドホテルにて研究発表会および懇親会が開催されました。

 研究発表会は西井龍儀富山考古学会会長の挨拶後、前半は小牧・長久手の戦いの地方戦となった前田利家対佐々成政の加越国境戦に伴う城郭群について、後半は前田利家が能登一国を所領した際の居城で会った七尾城と、前田利長の隠居城として築城し近年学術調査が報告された高岡城とその石切り丁場についてそれぞれ発表がなされ、谷内尾晋司石川考古学研究会会長が締めくくりました。

2013111601.jpg事務局趣旨説明(野原大輔氏・安中哲徳氏)
2013111602.jpg西井龍儀 富山考古学会会長 開会の挨拶


 加越国境城郭群については、①佐伯哲也氏による「佐々前田両氏の城郭比較検討 ~加越国境城郭群を中心にして~」、②向井裕知氏による「松根城、切山城と小原越の発掘調査等成果の報告」がありました。
 佐伯氏は、佐々成政は小牧・長久手の戦いが興った天正12年3月頃は羽柴方に付いていたのが同年8月上旬ににわかに織田信雄・徳川家康側に寝返り、前田利家と対立が始まった。このとき、前田利家は羽柴秀吉から山を占拠したからといって軽率な行動は慎み、丹羽長秀の着陣を待つよう言明されており、金沢城から非常に近い加越国境に前田利家の進行を防ぐために街道も城郭に取込んだ佐々側の山城に対し、前田側はそれほど防御力を備えていないことを縄張りから指摘されました。
 向井氏は、平成23~25年度にかけて、加越国境(金沢市・小矢部市)の小原越沿いに築城された松根城と切山城の発掘調査成果および松根城で実施した航空レーザー測量の成果について報告がなされました。発掘調査から、両城から門の礎石の確認や堀切による街道の付け替え、城内から石臼が多くみられることの報告がなされました。また、松根城の航空レーザー測量では、6月に実施したものの非常に良好に遺構が再現され、城内施設が良く画面等からも確認できました。

2013111603.jpg佐伯哲也氏
2013111604.jpg向井裕知氏


 ③田上和彦氏による「高岡城跡の発掘と石切丁場における新知見」では、平成20~24年かけて詳細調査した高岡城の発掘調査成果および石切丁場の所在地について報告がありました。発掘調査では本丸御殿の存在、土塁の構築およびかなり厚く整地がなされていることが確認できたこと、石切丁場は従来から知られていた雨晴海岸の他、虻ガ島や能登島にも石切丁場が確認されたことが報告されました。
 ④千場勉氏による「七尾城跡の石垣調査」では、まだ石垣の全容が明らかになっていないことと急峻な立地のため崩落がおきていることが報告されました。本丸周辺に残存している石垣は高さ2m程で3段に別けて積まれております。懇親会の席で、谷内尾会長は七尾城を築城した畠山氏の近親関係である六角氏の居城である観音寺城も同様の野面積みとの関係から畠山氏の時代の石垣の可能性が高いことと、関ヶ原の合戦の際西軍に属した能登領主前田利政の時代に改修があった可能性を指摘されていました。

2013111605.jpg田上和彦氏
2013111606.jpg千場勉氏
2013111607.jpg谷内尾晋司 石川考古学研究会会長 閉会の挨拶


 懇親会も行われ様々な情報を交換したしたとともに、来年も開催したいという堅い約束をしました。
 また、野原大輔氏も報告なさっておられますので、そちらもご確認いただけましたら幸いです。

2013111608.jpg懇親会にて


(岡田一広)

第五回 増山城戦国まつり参加記

10月27日(日)、第五回増山城戦国祭りに家族で遊びに出掛けました。
朝はだいぶ雨が降っていたそうですが、私が行った10時半過ぎにはほとんど上がっていました。

駐車場で車を降りると出迎えてくれたのがオープンしたばかりの「増山陣屋」、と砺波市教委の野原さん。陣屋は杉材が落ち着いたいい雰囲気を醸し出していました。中は増山城の解説パネルやパンフレットがあり、組紐体験が行われていました。


会場に行くとまずスタッフのおじさんから恐竜のストロー細工を息子にもらいました。多くの食品販売や特売所があり、戦国そば、戦国鍋、大学芋などを頂きました。すべて地元の方?の手作り。どれもおいしかったですが、里芋がたごろごろ入った戦国鍋は格別。1歳の息子もこの里芋が気に入ったようで一気にたいらげました。特売所の地元農産物はとにかく安く、ほとんど100~200円。帰りにたくさん買って帰りました。これだけでも行った甲斐があります。
会場に流れていたBGMが戦国の世を感じさせる調子で、雰囲気が感じられました。
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そのうちに戦国ウォーキングに参加していた皆さんが大勢帰還。会場はさらに賑わいました。
その後に行われた餅つきと餅の無料配布には長い列ができていました。
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今回城をめぐるウォーキングには参加しませんでしたが、それでもゆったりした時間を楽しめました。体験型のイベントが多いのも参加者には嬉しいでしょう。

地元の方、市役所の方、曲輪の会の方など実に多くのスタッフが携わっていたのが印象的でした。そしてどの方も朗らかで親切。増山城という遺跡を核にして地域が一体となり、そこに参加者を迎え入れて遺跡の価値、地元の魅力を伝えていこうという意識が感じられました。ひとつの遺跡が地域にこうして深く根付いていることを素晴らしく思いました。 (野垣好史)
                                          

第13回 黒川フェスティバルに参加して

 平成25年10月13日に上市町の国指定史跡 上市黒川遺跡群にて第13回黒川フェスティバル(富山考古学会後援)が開催されました。
 例年は午前・午後に別れて黒川上山墓跡、円念寺山経塚、伝真興寺跡のほか穴の谷の霊水を巡りますが、本年は特別講演の講師である苅谷俊介氏と林道の整備もあり午前に巡るコースとなりました。これらの史跡黒川遺跡群は通常は遺構面保護のためシートで養生されているが、黒川フェスティバルのときには遺構が見学できることもあり、多数の参加者が訪れました。また、講演会会場には、出土遺物である珠洲焼きの経筒、壺、すり鉢等が展示されました。

黒川上山古墓黒川上山墓群


円念寺山経塚円念寺山経塚

 午後からは苅谷俊介氏による特別講演「私の考古学人生と上市黒川遺跡群の未来」が開催されました。
 苅谷氏は黒川フェスティバルでの講演は2度目で、発掘調査に参加されている際に普段着用されておられる作業服で講演なされました。
 日常生活を心豊かに暮らすには、「遺跡」「自然」「そこに暮らす人々」の三者がバランス良く生活する、この事を苅谷氏は三位一体の社会とし、この歴史的環境がよく似た地域と文化交流していくことが重要と提言されました。
 また、遺跡・遺物を通じて過去と現在が繋がっていることを実感して欲しい、その経験は通常現地説明会でしか体験できず、現地説明会が開催されるときは是非参加してくださいと薦められました。普段発掘調査をしている身としては、改めて現地説明会の重要性を確認させられました。


苅谷俊介氏講演中の苅谷俊介氏

(岡田一広)


25年度の第1回の例会を開催しました

5月11日、富山県埋蔵文化財センター会議室において、平成25年度第1回例会(研究会)を開催しました。一般の方を含め、33名の参加があり、盛会となりました。

研究報告は、本会会員の青山晃氏が「富山県の装飾器台」と題し、弥生時代終末期から古墳時代初頭の北陸南西部(越前・加賀)で特徴的に見られる装飾器台の研究を踏まえて、富山県における展開を報告されました。出土例が少ないといわれる富山県でも県西部を中心に15遺跡、40点に増えていること、とりわけ高岡市蔵野町東遺跡からは18点が出土しており、段階的な変遷がたどれて注目されることが報告され、他の事例についても丁寧な説明がなされました。また、丹後系結合器台や特殊器台の弧帯文の影響(蔵野町遺跡出土の入組文をもつ事例)がみられること、首長層による交流が契機となって波及したことなど新たな見解が述べられました。

遺跡調査報告は、同じく本会会員の町田賢一氏が「小竹貝塚のこれから」と題し、これまでの発掘調査成果のまとめに続いて、埋葬人骨に対する分析や他の自然科学的分析の進捗状況などについて報告されました。71体を越す人骨は現在国立科学博物館にて性別や年齢、DNA分析等が行われており、また小竹貝塚縄文人が意外と高身長であったことや深刻な虫歯に悩まされていたことなど興味深い事実が報告されました。また、花粉分析や種実分析等から当時の自然環境が、人骨の安定同位体分析や動物遺存体・魚貝類分析、寄生虫卵分析等から食生活が、石製品の石材分析や搬入品の分析等から行動範囲・交流範囲が明かされ、小竹貝塚縄文人のくらしが具体的に解明されることへの期待が高まりました。

次回の例会は、富山県東部にて行う予定です。決まり次第本紙・ホームページで案内します。

(髙橋浩二)

プロフィール

富山考古学会

Author:富山考古学会
1949年に設立。会の目的は、おもに富山県の考古学調査と研究、考古資料をはじめとする文化財の保存と継承、そして新人の指導。学会誌『大境』と連絡紙を発行。シンポジウムなどの研究活動、遺跡整備事業などに貢献。2008年、文部科学大臣表彰を受章。2011年、日本学術会議協力学術研究団体に指定。
※写真は氷見市大境洞窟(国史跡) [氷見市立博物館蔵]

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