立山・玉殿窟の発掘調査成果

富山県埋蔵文化財センターは、9月16日から20日まで立山室堂平にある玉殿窟の発掘調査を行った。この調査は、県が平成22年度から5カ年計画で取り組んでいる立山・黒部山岳遺跡調査の一環である。

玉殿窟は、立山開山縁起によると、701年(大宝元年)佐伯有頼が白鷹と熊に導かれ、この地で阿弥陀如来と不動明王から立山開山の神託を得た聖地とされる洞窟である。洞窟は、奥行き約5m、高さ約3m、幅約3mで、調査はその入り口付近で約4㎡を発掘した。

調査の結果、地表面から15~50㎝掘った地層から珠洲焼、土師器、中国銭、経筒や懸仏の一部とみられる青銅製品、寛永通宝、焼けた骨片など約110点が出土した。

玉殿窟からはこれまで、明治初期に掘りだされた懸仏、昭和37年8月27日に岡崎卯一や石田茂作ら立山文化遺跡調査班が発掘した土師器、中国銭、平成6年に立山博物館が行った現地調査で採集された珠洲焼、懸仏、鉄刀子、錫杖頭(?)の一部、棒状青銅製品、中国銭、寛永通宝、角釘の出土が知られている。
玉殿窟の利用については、登拝者の宿泊所であったという見方があるが出土品からはそのことを裏付けるものはなく、早くから祭祀の場であったことがわかる。出土品の時期については、南北朝時代(14世紀代)のものが目立ち、この時期に祭祀の画期があることが推測される。    (久々忠義)

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富山考古学会

Author:富山考古学会
1949年に設立。会の目的は、おもに富山県の考古学調査と研究、考古資料をはじめとする文化財の保存と継承、そして新人の指導。学会誌『大境』と連絡紙を発行。シンポジウムなどの研究活動、遺跡整備事業などに貢献。2008年、文部科学大臣表彰を受章。2011年、日本学術会議協力学術研究団体に指定。
※写真は氷見市大境洞窟(国史跡) [氷見市立博物館蔵]

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