立山室堂玉殿窟の焼けた骨片について

 県埋蔵文化財センターが昨年9月に実施した玉殿窟の発掘調査で、焼けた骨片が74点出土した。この骨片は火葬された人の骨の可能性が高いことを、2月16日に開催した立山・黒部山岳遺跡調査指導委員会で報告した。昭和37年に行われた玉殿窟の発掘でも骨が出土しているが、報告書では「動物の骨と思われる」としている。

 富山大学大学院医学薬学部研究部解剖学教授大谷修先生にこの骨片を見てもらったところ、大きさは人または人に近い動物であること、内耳孔の部位、蝶形骨、こめかみ付近の骨など頭部の骨が多いこと、骨は細かくて火葬した時の状態に近いことが分かり、人の骨の可能性が高いと判断された。

 廣瀬誠氏は、平成5年に室堂平で人骨を納めた塚が発見されたことを紹介し、立山に納骨に関する文献は見当たらないけども、納骨の習俗があったことを指摘している。室堂小屋から玉殿窟へ下る道の脇の大岩上にも同様の骨片がみられるので、立山に納骨が行われたことがあったことは確実とみられる。

 それでは、それはいつ行われたのであろうか。珠洲の壺や洪武通寶が一緒に出土していること、窟内に14世紀代に作られたとみられる半跏地蔵石仏があることから、その頃ではないかと考えている。そうであれば、その時期は先祖供養・死者鎮魂のための霊場であったことになり、それ以前を修験者が山岳練行する修行場、江戸時代が極楽往生・現世利益を願う場であったとみると、立山信仰史上の一つの画期といえるのではないかと考えられる。

 しかし、近年の研究によると、各地の霊山での納骨は江戸時代以降のものが多いという。そのような考えが成り立つのかどうか。人の骨であることや年代の特定が必須であり、理化学的分析等を行う必要があるものと考えている。
(久々忠義)
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富山考古学会

Author:富山考古学会
1949年に設立。会の目的は、おもに富山県の考古学調査と研究、考古資料をはじめとする文化財の保存と継承、そして新人の指導。学会誌『大境』と連絡紙を発行。シンポジウムなどの研究活動、遺跡整備事業などに貢献。2008年、文部科学大臣表彰を受章。2011年、日本学術会議協力学術研究団体に指定。
※写真は氷見市大境洞窟(国史跡) [氷見市立博物館蔵]

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