「前田の城、佐々の城を探る」に参加して

 平成25年11月16日(土)に石川考古学研究会・富山考古学会合同例会として「前田の城、佐々の城を探る」が開催されました。報道機関には38年ぶりとの記載がありましたが、詳細に調べるとそれでも30年ぶりということで、両県から70名余の参加者がありました。
 例会は、午前に松根城・一乗寺城の山城見学会、午後におやべクロスランドホテルにて研究発表会および懇親会が開催されました。

 研究発表会は西井龍儀富山考古学会会長の挨拶後、前半は小牧・長久手の戦いの地方戦となった前田利家対佐々成政の加越国境戦に伴う城郭群について、後半は前田利家が能登一国を所領した際の居城で会った七尾城と、前田利長の隠居城として築城し近年学術調査が報告された高岡城とその石切り丁場についてそれぞれ発表がなされ、谷内尾晋司石川考古学研究会会長が締めくくりました。

2013111601.jpg事務局趣旨説明(野原大輔氏・安中哲徳氏)
2013111602.jpg西井龍儀 富山考古学会会長 開会の挨拶


 加越国境城郭群については、①佐伯哲也氏による「佐々前田両氏の城郭比較検討 ~加越国境城郭群を中心にして~」、②向井裕知氏による「松根城、切山城と小原越の発掘調査等成果の報告」がありました。
 佐伯氏は、佐々成政は小牧・長久手の戦いが興った天正12年3月頃は羽柴方に付いていたのが同年8月上旬ににわかに織田信雄・徳川家康側に寝返り、前田利家と対立が始まった。このとき、前田利家は羽柴秀吉から山を占拠したからといって軽率な行動は慎み、丹羽長秀の着陣を待つよう言明されており、金沢城から非常に近い加越国境に前田利家の進行を防ぐために街道も城郭に取込んだ佐々側の山城に対し、前田側はそれほど防御力を備えていないことを縄張りから指摘されました。
 向井氏は、平成23~25年度にかけて、加越国境(金沢市・小矢部市)の小原越沿いに築城された松根城と切山城の発掘調査成果および松根城で実施した航空レーザー測量の成果について報告がなされました。発掘調査から、両城から門の礎石の確認や堀切による街道の付け替え、城内から石臼が多くみられることの報告がなされました。また、松根城の航空レーザー測量では、6月に実施したものの非常に良好に遺構が再現され、城内施設が良く画面等からも確認できました。

2013111603.jpg佐伯哲也氏
2013111604.jpg向井裕知氏


 ③田上和彦氏による「高岡城跡の発掘と石切丁場における新知見」では、平成20~24年かけて詳細調査した高岡城の発掘調査成果および石切丁場の所在地について報告がありました。発掘調査では本丸御殿の存在、土塁の構築およびかなり厚く整地がなされていることが確認できたこと、石切丁場は従来から知られていた雨晴海岸の他、虻ガ島や能登島にも石切丁場が確認されたことが報告されました。
 ④千場勉氏による「七尾城跡の石垣調査」では、まだ石垣の全容が明らかになっていないことと急峻な立地のため崩落がおきていることが報告されました。本丸周辺に残存している石垣は高さ2m程で3段に別けて積まれております。懇親会の席で、谷内尾会長は七尾城を築城した畠山氏の近親関係である六角氏の居城である観音寺城も同様の野面積みとの関係から畠山氏の時代の石垣の可能性が高いことと、関ヶ原の合戦の際西軍に属した能登領主前田利政の時代に改修があった可能性を指摘されていました。

2013111605.jpg田上和彦氏
2013111606.jpg千場勉氏
2013111607.jpg谷内尾晋司 石川考古学研究会会長 閉会の挨拶


 懇親会も行われ様々な情報を交換したしたとともに、来年も開催したいという堅い約束をしました。
 また、野原大輔氏も報告なさっておられますので、そちらもご確認いただけましたら幸いです。

2013111608.jpg懇親会にて


(岡田一広)

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プロフィール

富山考古学会

Author:富山考古学会
1949年に設立。会の目的は、おもに富山県の考古学調査と研究、考古資料をはじめとする文化財の保存と継承、そして新人の指導。学会誌『大境』と連絡紙を発行。シンポジウムなどの研究活動、遺跡整備事業などに貢献。2008年、文部科学大臣表彰を受章。2011年、日本学術会議協力学術研究団体に指定。
※写真は氷見市大境洞窟(国史跡) [氷見市立博物館蔵]

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