富山城下町の現地見学会(2014.2.11)

 平成26年2月11日に富山城下町の現地見学会が開催されました。場所は国道41号一番町交差点の北西角で、約400人の見学者がありました。

 今回の調査では石組みの水路や井戸・土坑が検出されました。万治年間(1658~1661)頃の古絵図では、武家屋敷と町屋敷を区切る背割水路が記載されており、この石組み水路はこの背割水路であると推定されています。
 背割水路は3期に時期区分されており、Ⅰ期は江戸時代後期にあたり幅約1.8m、深さ約0.6~0.7mで平らな川原石を水平に積む特徴があります。Ⅱ期は明治~大正頃で幅約1.3~1.4mで最下段のみの検出なので深さは不明です。Ⅲ期は昭和(戦前~戦後)で幅約1.0m、深さ約0.8mで川原石を斜めに積み水路の底面にも石を敷く特徴があります。
 調査地区の東側にある大和百貨店の事前調査などでも河原石組みの背割水路が確認されています。  

 『万治年間富山旧市街図』は富山県立図書館の「古絵図・貴重書ギャラリー>【江戸時代の富山】●目で見る越中●古絵図>地域図・婦負郡図、婦・射境界・富山城下町」と順に選択しますと閲覧できます。

 町屋敷側で木組み井戸や井戸を廃棄する際に井戸側を抜き取ったと推定できる土坑群が検出され、陶磁器類のほか、下駄や漆器などの木製品が出土しています。

〔参考文献〕
 富山市教育委員会埋蔵文化財センター 2014.2 『富山城下町の調査 現地見学会』

20140211富山城下町3 説明会の風景
20140211富山城下町1 背割水路(画面左が北・富山城方向)
20140211富山城下町2 町屋域の井戸・土坑群

(岡田一広)
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プロフィール

富山考古学会

Author:富山考古学会
1949年に設立。会の目的は、おもに富山県の考古学調査と研究、考古資料をはじめとする文化財の保存と継承、そして新人の指導。学会誌『大境』と連絡紙を発行。シンポジウムなどの研究活動、遺跡整備事業などに貢献。2008年、文部科学大臣表彰を受章。2011年、日本学術会議協力学術研究団体に指定。
※写真は氷見市大境洞窟(国史跡) [氷見市立博物館蔵]

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