今市遺跡出土の弥生時代「謎の絵画土器」アンケート結果(富山市)

 富山市埋蔵文化財センターが3月に行なった発掘速報展で公開した、富山市今市遺跡の絵画土器について、何に見えるかの来場者アンケートの結果は次のとおりだった。

 ・単独のモチーフ(22件)、複数のモチーフ(7件)、その他(5件)
 ・単独の「鳥」(10件)、「魚」(3件)、「龍」(3件)、「鳥と魚」(2件)
 ・「鳥」の内訳は、ニワトリ・タカ・コウモリなど。
 ・少数意見には、逆さまにみたネコ、富山湾と立山、祭事を行った際についた傷跡、直弧文など。

 アンケート結果を踏まえた市埋文の見解は次のとおり。
 
 弥生時代の土器に描かれるモチーフには、鹿・建物・鳥・人物・龍・舟・魚の順に多い。いずれも狩猟や農耕などの象徴として描かれたと考えられている。 
 今回のモチーフは、鳥あるいは龍ではないかと考えられる。鳥は稲を人間界にもたらす聖なる動物、龍は中国古代思想で、水あるいは雨の象徴と考えられており、いずれも稲作農耕を営むのに必要な要素を象徴している。このことからこの絵画は、農耕儀礼を行うために描かれたものと考えられる。
 
 絵画土器が出土した今市遺跡は、旧神通川の河岸段丘上で、射水平野の東端部に位置する。古代~中世にかけては、有力寺社領の荘園が置かれ、現代では有数の穀倉地帯となっている。このような土地柄で、稲作農耕が始まった弥生時代に土器に鳥や龍を描いた農耕祭祀が行われていたと考えられる。
 
 弥生時代中期頃の絵画土器はモチーフがはっきり描かれるが、後期になると簡略化する。そこには稲作など農耕儀礼を行う「まつり」から首長を中心とした「まつりごと」へ祭祀形態の変化が反映されていると考えられる。儀礼に用いる土器も絵画土器から記号や赤彩土器へと変化していく。
今市遺跡で出土したモチーフが不明瞭な絵画土器は、当地において農耕儀礼から政治的な祭祀へと社会が変化する過程、すなわち弥生時代から古墳時代への移り変わりを裏付ける貴重な資料といえる。                     (富山市埋文センターホームページより)
          
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プロフィール

富山考古学会

Author:富山考古学会
1949年に設立。会の目的は、おもに富山県の考古学調査と研究、考古資料をはじめとする文化財の保存と継承、そして新人の指導。学会誌『大境』と連絡紙を発行。シンポジウムなどの研究活動、遺跡整備事業などに貢献。2008年、文部科学大臣表彰を受章。2011年、日本学術会議協力学術研究団体に指定。
※写真は氷見市大境洞窟(国史跡) [氷見市立博物館蔵]

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