黒部市北堀切遺跡出土 江戸時代の一分金

集合1 表面
集合1 裏面

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平成22年度に行われた黒部市北堀切遺跡の発掘調査で江戸時代の一分金8枚が出土しました。
県内では2例目の出土です。次のとおり展示・紹介されますのでご覧ください。

○会期 平成23年6月10日~8月31日
○会場 うなづき友学館 エントランス(無料)
      富山県黒部市宇奈月町下立682番地
      TEL 0765-65-1010 FAX 0765-65-1055
  会場のホームページはこちら


一分金について 
<出土状態>
径1mの土坑の底から出土した(3枚目の写真)。バラバラでなく8枚がまとまって出土したことから、布などの袋に入れられた状態で、何らかの意図をもって遺棄されたと考えられている。

<元文一分金>
おおよそ 長さ1.7cm、幅1cm、品位(金653/銀347 量目 3.25g)。
鋳造期間 元文元年(1736)5月から文政元年(1818)まで83ヶ年。
表面 桐紋(53の桐)。「一」と「分」の文字。
裏面 圏点の枠内上右端に真書の「文」の文字。「光次」の文字と花押。

<一分金とは?>
江戸時代の長方形の金貨。貨幣価値は小判1両の4分の1にあたる。「一分判金」、「一分小判」、「小粒(こつぶ)」、単に「一分」ともよばれる。小判の通用を補助する目的で発行され、小判の改鋳に伴って一分金も改鋳されている。1601年(慶長6)から1860年(万延1)まで10度にわたり改鋳が繰り返され、1695年(元禄8)の二度目の改鋳以来、品位は低下の一途をたどる。江戸時代末期の1837年(天保8)には、一分金の金貨に対し、銀貨で同額の通用をさせる一分銀が発行され、1868年(明治1)まで3種鋳造された。(「日本大百科全書」(小学館)より)


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プロフィール

富山考古学会

Author:富山考古学会
1949年に設立。会の目的は、おもに富山県の考古学調査と研究、考古資料をはじめとする文化財の保存と継承、そして新人の指導。学会誌『大境』と連絡紙を発行。シンポジウムなどの研究活動、遺跡整備事業などに貢献。2008年、文部科学大臣表彰を受章。2011年、日本学術会議協力学術研究団体に指定。
※写真は氷見市大境洞窟(国史跡) [氷見市立博物館蔵]

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