富山城本丸跡から踏み石(富山市)

2010年発掘調査を行った富山城本丸北部で出土した平らな石が、藩主御殿北側の縁側にあった踏み石と推定されることが、富山市埋蔵文化財センターと富山国際職芸学院上野幸夫教授の調査によって判明し、8月3日の富山城ツアーで公開されました。

この石は、長さ170cm、幅110cm、高さ35cmの平らな自然石で、角が丸みを帯びており河川の転石とみられます。発掘時の所見では、当時の地表から15cmほど穴を掘って据え、地表には20cmほど出ていたことになります。

出土した地点は、本丸御殿の北縁にあたる場所となるため、県立図書館に残る御殿絵図等と照合した結果、初代藩主前田利次が建築した最初の御殿(1661~1714)の書院北側の縁側に置かれた踏み石と推定できました。踏み石には、沓脱石・飛び石があり、当時の露出した高さから、飛び石の可能性が高いといえます。この踏み石の検出は、御殿の位置特定のための大きな手がかりになるといえます。

また石材は、石垣に使われている早月川産の花崗岩とは異なり、緻密なものです。このような石材は県東部の河川にはほとんどなく、おそらく富山藩以外の地から取り寄せたものと考えられます。当時大名庭園では京都鞍馬石など名石が珍重され、大名達はこぞって名石を求めたといいます。この踏み石の産地はまだ不明ですが、藩主利次もこのような御殿造りを行ったことが考えられます。
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富山考古学会

Author:富山考古学会
1949年に設立。会の目的は、おもに富山県の考古学調査と研究、考古資料をはじめとする文化財の保存と継承、そして新人の指導。学会誌『大境』と連絡紙を発行。シンポジウムなどの研究活動、遺跡整備事業などに貢献。2008年、文部科学大臣表彰を受章。2011年、日本学術会議協力学術研究団体に指定。
※写真は氷見市大境洞窟(国史跡) [氷見市立博物館蔵]

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